~銀婚を迎えた夏~ ⑱
息子の朗報
そろそろ立ち上がろうかと思ったとき、娘からの着信があった。
「タコの酢の物」の評判が良かったことと、
息子が就職内定を得たという報告だった。
娘が相談役だったようで、
(兄からの)早速の報告があったようだ。
タイミングも良いようなので音声通話に切り替えた。
朗報を喜び合い、
口下手な息子が3つ違いの妹に面接試験についてアドバイスを求めていたことなど、
雑談に興じた。
子供っぽいお父さん
娘が「お父さんは 口から生まれてきたみたいな人なのにね(お兄ちゃんは口下手だけど)」
と言った。
これを機に、お父さんとお母さんをどう思っているか尋ねてみた。
娘は「う~ん。そうだなぁ」と少し考えたあと、
「子供っぽいお父さんと、面倒見のいいお母さんっ」と、
ポンっと言った。
父と比べてどう
息子も娘も、二人とも、音楽の道についてはいない。
ピアノを習わせたが、
学校行事での合唱伴奏を任されることもないくらいの腕前だった。
高校卒業までの間に、
それぞれ、スポーツや文化活動などに携わり、そこそこ活躍したが、
これという目立つ成果を上げていない。
息子は健一と「起業」に挑戦して頓挫した際、
「お父さん ごめんね(期待に応えられない息子で)」と つぶやいていたが、
今回の内定に至り、自信を得た様子が感じられた(娘とのやりとりから)。
また、娘からは、
そもそも「父と比べてどう」という姿勢は全く感じられない。
「凡庸でごめん」などと考えていた自分について
むしろ 子供たちに申し訳ないような気分になった。
せめぎ合い
ネットカフェで寝たり起きたりを繰り返していたとき、
そういえば、自分の中でせめぎ合いがあった。
急がない方がいいと思う一方で、
まだるっこしい、早くすっきりさせたい自分もいた。
早くすっきりさせたい、急いでしまいだい、
さっきまで、そう思う自分もいたのだ。
自分自身の問題に向き合うために、
「いっそこのまま、仕事も家庭も捨てて、失踪してしまいたい」そう思ったりもした。
子らとはすでに別居しているのだから、
そういう選択肢も なくはないのでは、と。
日常へ戻ろう
だとしても、今は その時じゃない。
なぜか、そう思えた。
子供たちの近況を知ったからなのか、
せめぎ合っていたふたつのうち、片方が、なにか緩くなった。
急がなくていいはず。
むしろ、急がない方がいいはず。
ゆっくりと、
自分の「つらかった思い」に、向き合っていけばいいのだろう。
「急がないことにしよう」
それは、「今は、普段通りにしよう」に近いような気もする。
そう思い至り、
車を出し 健一がいるだろう自宅に向かうことにした。
いしむら蒼
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