~銀婚を迎えた夏~ ⑮
ネットカフェというもの
健一からの追加着信が入った。
今日は自身の(歓楽街に近い)実家に泊まるそう。
健一の帰宅時間がさらに先に延びたが、
たとえ明朝であっても、健一をいつも通りに迎える気には なれそうもない。
言い訳は後でどうにでもなる
(健一は私の外出時の詳細をうるさく聞いてくることは、そもそも、なかった)ので、
外泊の用意をして私は車を出した。
無意識に実家方面へ向かい、かといって実家に行く気にはなれず、
ネットカフェというもの(子供らから気軽に入れると聞いたが、実際に入ったことはなかった)に入った。
暗がりにうごめく
カウンターでの諸手続きを終え、薄暗く静かな店内に入った。
着崩れたスウェット姿の人が暗がりで動いているのを見て、
社会の底辺に入り込んだような気分になった。
ただ、たどり着いた個室の室内は衛生的で、
ハンガーやパソコンなど、準備されているものは機能的で無駄のない印象だった。
初めての環境をひとしきり確認した後、
思いのほか座り心地の良い椅子に身を沈め、私は眠り込んでしまった。
セカンドオピニオン
偏った姿勢で眠ったせいか、節々に違和感を覚えて2時間ほどで起き上がった。
週末で仕事は休みなので、眠り続けようが起き続けて後でまとめて眠ろうが どっちでもいいのだが、
パソコンに向かった。
セカンドオピニオンを求めるかのように、
気になる言葉をネットで検索した。
(マイルド)サイコパスの特徴のうち、
さきの手紙で取り上げてある要素は、(犯罪性を伴わない範囲で)たしかに健一にあてはまるものばかりだった。
考えるのがおっくうになり、ひと眠り。
起きたらまた、ネット検索。
サヴァン症候群についても調べてみたり。
以降私は、寝たり起きたり検索したりを 幾度も繰り返した。
かなりの数のサイトを見たが、
医者(だろう多分)によるものも含め、それは単に共通点を認める作業になっていった。
差出人の手がかり
夫のSNSも見てみた
(夫はそれぞれのツールのパスワードなどを私に教えている)。
でも、対象ツールはもちろん、コメント数も 派生するやりとりの数も、
あまりに多い。
サイコパスの特徴のひとつである、新規優先傾向そのままに、
次から次へとあらゆるジャンルに人脈を拡げている。
相手の印象に残りそうな言葉を、次々と投じている。
相手の得意分野について、聞きかじり程度の知識しかなくても、
健一は、あたかもその本質に迫るようなコメントをするのだ。
どこかに この告知手紙の差出人の痕跡があるのだろうけど、
膨大な量の中の偶然頼みのような状況で、
やる気が失せてしまった。
避難?解決策?
夫がサイコパスで、サヴァン。
それを認めざるをえないとすれば、
ずっと気づかなかった私は何なのだろう。
身も知らぬ人から同情?されている、可哀そうなひと?
手紙では、避難、または解決策の検討を勧められた。
検索で得た情報での解決策は、
どれも自分達に当てはまるとは思えなかった。
では避難?
それはなおさら、非現実なものに思えた。
タコの酢の物
ちゃんと寝たのか寝てないのかよくわからないうちに、
朝を迎えた。
といっても、時刻表示でそう思っただけで、
周囲は暗く静かなままだ。
娘からの着信に気づいた。
これからお弁当を作って出かけるそうで
「タコの酢の物」レシピの問合わせだった。
彼氏と共に行くのだろう。
レシピなど、いまどき、ネットで調べれば早いが、
私が作った味を再現したいなどと言ってくれている。
彼に喜んでもらおうと、ぎこちない手つきで調理しているのだろう。
娘の紅潮した頬を思い浮かべながら 返信した。
そして、はっとした。
遺伝?
健一が特殊な人間だとしたら、
子らへの遺伝はありうるのか??
いしむら蒼
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