~銀婚を迎えた夏~ ㉝
いつも通りの練習
楽譜を追いながら、歌いながら、
他のパートの練習中は ぼんやりと待ちながら、
いつも通りの練習が進んでいった。
健一からのアドバイスが随所にはさまりつつ。
今日は現時点で9人参加している。
今回は、私への指導めいたものは (たまたま?)なかった。
正直、私は練習に集中できていなかったので、
曲のどの部分を練習中なのかを、
時々気づき直している感じだった。
そして、考えることに疲れてしまって、
力みがなくなったあたりから、皆の声が耳に入ってきた。
豊かな流れ
パート練習を終えて、
合わせながら曲の全体像を作り上げていく。
健一の指示で、
曲の流れが活気あるものになる。
健一が中心となった演奏は、大きなうねりを伴い、
旋律を戸外に押し放つようなエネルギーがある。
私の声も皆の声も、豊かな流れをさらに膨らませ、
曲のクライマックスを迎えた。
その流れに身を任せた。
歌い合わせていた旋律が、穏やかな和音に収まり、
健一の合図で曲の終わりを迎えた。
柔らかな残響があり、
それをひとしきり味わったあと、「(おつかれさま)っしたっ!」と健一。
皆も満面の笑顔で挨拶し合い、「KK」の練習は終わった。
自問自答ばかりの数日
練習後の食事会が恒例行事だったのは せいぜい数年前までで、
最近は練習終了後は 各自が そのまま帰宅の途についている。
今日は健一とは別行動で練習に参加したので、
帰路の道中は私ひとり。
健一はこのあと自身の実家への用足しがあるため、
どのみち、スムーズな流れだ。
皆へのあいさつを済ませて、車に乗り込んだ。
運転に集中しなければと思いつつも、
今日までの数日間のことが改めて頭を巡り始める。
私は、先週末から実家方面へ車を走らせ、
ネットカフェに籠り、
帰宅後の自分の寝床にいて、と、
その間、ずっと自問自答ばかりを繰り返してきた。
信じたくない
あの「差出人不明の手紙」から始まった
一連の流れに翻弄されたような数日間だった。
そう、病院へ行くことも、
あの「手紙」のなかで勧められたのだった。
「手紙」では、サイコパス、そしてサヴァンという記述があった。
サイコパスもサヴァンも、
そうかもしれないと思うことが、あるにはある…。
でも、にわかには信じがたく、
信じたくない気持ちの方が、やはり ずっと大きい気がする。
私も健一も
「おかしいのは健一の方」、
何度も自分にそう言い聞かせた数日間だったが、
今日の練習での健一の人気者ぶりを見て、
その感覚は一気に遠のいてしまった。
それどころか、
「おかしいのは私の方なのでは」と、
思わざるを得ないことがあった。
でも、それについて、考えたくない…。
「私も健一も、おかしいのかな」
そんな言葉が口をついて出た。
いしむら蒼