~晩夏 サヴァン ~ ⑫

音大じゃないくせに

健一について、地方にとんでもなく良い歌い手がいる、

と、評判がひとり歩きすることもあった。

 

そんな流れの中には、まず経歴を重視する人もいる。

 

「音大卒業じゃないくせに」と思う人も、

一定数いる。

 

そして中には、実際に健一の歌を聴いたあとにも、

懐疑的な見方を続ける人もいた。

 

「たまたま上手くいっているだけだ」とし、

通り過ぎてしまう人もいた。

 

徒弟制度への嫌悪

健一は、「音大生じゃない」と言われがちな排他的な価値観や、

○〇先生の門下なら認めてやるだとかいう、

徒弟制度に嫌悪感を強めていた。

 

えてして、

保守的な世界において、

「正規のプロセス」を経ずに目立つ者は、重鎮らからの洗礼を受けるものなのだろう。

 

徒弟制度ギライ

徒弟制度、

そして音楽に限らず 上意下達に反発する健一だ。

 

既成概念にこだわらず、

新しいものを構築することに 熱くなりがちだった。

 

 

が、

そのわりには急に惚れ込んだらしい「著名な大先生」に対し

「ついていきます!」と懐くこともあり、

 

「盲信」に見えることもあった。

 

その様子を見た私には、

「徒弟制度ギライ」は どこに行ったのだろうと思えたものだ。

 

フラットな人間関係

「KK」立ち上げ時は、

そういえば、皆で意見を出し合い より良い表現を作り出そうとしていた。

 

フラットな人間関係を大切にしようとする

雰囲気があった。

 

健一が嫌う上意下達に陥るべからずという流れがあった。

 

が、

今は違う。

 

突出した音楽性を持つ健一と他のメンバーでは、

たしかに力量の差は大きい。

 

歴然の差と言っていい。

 

けれども当初から25年ほど経過した今、

その力量の差による「先生と生徒」状態になっているのは いかがなものだろう。

 

上意下達、徒弟制度、

健一があれほど忌み嫌っていた世界に

なり果てている?

 

健一の「庭」

健一は ただ単に、

目上の人や権力のある人らに封じられず、

自分の思うようにふるまいたかっただけ?

 

上意下達や徒弟制度嫌いは、

ポーズにすぎなかった?

 

今となっては「KK」はそういう意味で、

誰にもさえぎられずに発言できる、

健一にとっての

「庭」のようなものなのか?

 

いしむら蒼