~銀婚を迎えた夏~ ②

銀婚式、どうでした?

7月初めの午後、

仕事を終えた私は 夏らしい青空に急かされるように席を立った。

 

今日は、公立高校での業務。

授業中の校舎は静かで、玄関まで誰にも合わずに到着した。

 

「木戸先生!」

この高校職員で、プライベートでも交流がある藤原さんが、駆け寄ってきた。

 

藤原さんは、私よりも ひとまわり年下。

彼女は人当たりが良く、「誰からも好かれる人」というのは こういう人を指すのだろうと思える人だ。

 

「銀婚式、どうでした?」

「あら、気にかけてくれてありがとう。

式というより、食事をしただけなんだけど、ま、良かったわよ。」

 

「セレモニーみたいのを、何かやったんでしょう?」

 

ひとなつこい後輩

藤原さんは独身。

私たち夫婦と、趣味の場でも交流がある。

「自分も伴侶を得て、私たち夫婦のようになりたい」と よく口にしてくれたものだ。

 

私の夫、健一の勧めで、同じ音楽グループで活動することになり、まもなく1年になる。

私と同じ音楽大学の出身で、後輩にあたる。

 

私は、木戸沙耶。

そして この人懐こい後輩は、藤原祥子。

 

私の仕事は相談員で、学校や公共機関に出向いてカウンセリングを行っている。

派遣先の学校のひとつが、今日訪れた学校だ。

 

藤原さんとは、プライベートでは下の名前、「祥子さん」、「沙耶さん」と呼び合っているが、

学校内では○○先生と呼び合う。この業界では よくあることだ。

 

銀細工のペンダント

(藤原)祥子からのお祝いムードに応えようと、

(実は今日さっそく身につけている)夫からのプレゼントのペンダントを見せた。

 

小ぶりなペンダントヘッドだが、小粒のダイヤをあしらいつつ、鳳凰の翼を思わせる銀細工だ。

裏面には記念の日付やイニシャルが彫り込まれている。

 

祥子は「わぁーキレイ!すっごく似合ってる!」と はしゃぎ、

「健一さんがそれを注文している表情を想像すると、なんかこっちまで照れくさくなっちゃう!」

と微笑んだ。

 

健一は人前で夫婦仲の良さをのろけて見せたり、私に甘えた態度を見せたりする。

私としては正直、やめてほしかったが、何度制止しても変わらないままだった。

 

祥子がその場面に居合わせることも多々あり、

健一の正直?あけすけ?裏表なし?な面と、

誰にでも分け隔てなく接する 親しみやすい人柄をよく知っていた。

 

だから、健一の表情(宝飾品売り場での購入や、手渡す場面)を想像しては、

親近感を持って、この銀婚の慶事を共に喜んでくれたようだ。

 

健一だもんな

ちなみに夫は、斬新で面白い冗談をよく言う。

日常生活において あきれることも多々あるが、

無邪気な笑顔で放つそれらに笑わされてしまい、煙に巻かれてしまうことも多い。

 

私もそうだが、友人らや仕事の同僚らも同様の印象を、夫に対して抱いているようだ。

 

わがままだったり突拍子もない行動があっても、

「健一だもんな」で大抵のことは済まされている。

むしろ、「健一だもんな」で、その場が明るく盛り上がることの方が多い。

 

健一ファンの集い

私と夫、そして祥子が所属している音楽グループは、

夫、健一が中心となって活動しているものだ。

夫の名前、木戸健一のイニシャルが含まれた「音楽研究会KK」と称している。

 

夫が中心と言っても、これを立ち上げた人間は夫の友人、智之だ。

 

健一は地元のオペラや大規模な演奏会に声楽ソリストとして出演しており、地元ファンも多い。

評判を聞きつけた著名な音楽家からも 何かと声掛けがある。

 

健一と共に演奏し合うことを望む人が一定数集まったため、

健一の友人である智之が、「音楽研究会KK」にでもしようと発したのが そのまま残って現在に至る。

 

智之も、健一の大ファンだ。

私よりも付き合いが長く、音楽的表現力はもちろんのこと、

周囲を盛り上げる魅力たっぷり、優秀でバイタリティあふれる人柄に惚れ込んでいる。

 

この音楽研究会は、とどのつまり、「健一のファンの集い」とも言えそうだ。

 

各自が弾ける楽器を持ち寄っての器楽アンサンブルや、声楽アンサンブルを楽しんでいる。

健一が表現アドバイスをするのだが、それは、受け手にとって新しい発見に満ちていた。

そして健一は、それを言葉で表すことに長けていた。

 

豊かな比喩表現での説明には、

「目からうろこが落ちるとは、このことか」と思わせるものがあった。

 

音楽練習中、長い休憩にて談笑。

ここでも健一の弁舌は冴えていて、

メンバーをからかったり、時事ネタを独自目線で面白おかしく批評したりなどで盛り上がる。

 

そしてアフターの食事会と、

全体は、常に健一を中心に楽しく過ごしていた。

 

家族のような仲間

私、沙耶、そして祥子、智之、他に数名が健一と共に楽しむ音楽の集い、

それは、私にとっても大切な集いだ。

 

中心となるメンバーは、かれこれ30年近くの歳月を共にしている。

家族ぐるみで遠征したりなど、私生活においても思い出深い関わりがある。

 

同世代の夫婦3組がいて、子供の入学、進級、卒業などの節目を喜び合い、家族の延長のようだ。

智之も、そのうちの一人である。

 

人気者の妻

才能豊かで人気者の妻という立場も、内心、誇らしく思えている。

気まぐれで わがままな面がある健一ではあるが、それこそ、「健一だもんな」で 一気に許されてしまう。

 

それでも、車の運転がマイペースすぎるだとか、融通が利かず要フォローという場面はあったりする。

そんな時は、私や、友人である智之が調整役を果たしていた。

 

 

そうそう、事務の方から

「そうそう、事務の方から、郵便物を預かったの」

と、祥子は私に手紙を述べた。

 

今日は事務室に寄らずに帰途についたので、

事務方がタイミングを察して、祥子に託したようだ。

 

業務上の郵便物ではなく、いかにも私信という感じの封筒。

差出人を見ると「吉川学園卒業生 中村和美」とある。

 

私は相談員になる前は、高校の教員をしていた。

かつて勤務していた吉川学園高校での教え子から、何らかの便りが来ることもありうるが、見覚えのない名前だった。

 

祥子にお礼を言い、駐車場に移動した。

 

あなたの夫は…

車内で開封すると、

いの一番に目に飛び込んできた言葉は「あなたの夫はサイコパス」だった。

 

不穏な気分で差出人を見直した。

 

 

差出人に覚えがないのは当然だ!

 

だって怪文書!なのだから!

 

 

 

いしむら蒼(あおい)

 

サイコパスの妻 1-③ 娘の恋