~銀婚を迎えた夏~ ⑳
特殊性を理解しつつ
健一の特殊性を理解しつつ、共に過ごす時間が始まった。
「モヤモヤ」感をやり過ごす術として、「一時的に引き出しに収める」ことができたので
じめじめした気分は続かず、
楽しく健一の傍らにいる自分を自覚できた。
卓を囲んでいるうちに、
息子からの就職内定の連絡が入った。
健一は、「うん、ひと区切りついたな」と言ったきりで、
反応は薄かった。
すでにそれを知っていた私は 娘との会話で盛り上がりのピークを終えていたので、
私の反応も薄いものだった。
私の反応の薄さに、健一は気づいてもいない。
というか、関心はないようだ。
息子に祝意を伝えた。
お父さんも とても喜んでいると添えて。
私は、それら一連の流れに、特段の心の動きを伴っていない自分を、
すんなり受け入れていた。
音楽研究会の録音
何かから きっかけを得たらしく、
健一は急に「音楽研究会KK」での演奏録音を聴くと言い出した
(誰かからの着信かテレビの情報か、
健一の行動がどこから きっかけを得ているかなんて私は知る由もない)。
音楽研究会KKの練習は、
毎月第三土曜日を定例練習日としている。
「第三土曜日、3時のお茶の時間を共にしよう」という、
研究会 創立当初の「合言葉」のようなものが、今も続いている雰囲気だ。
ステージ発表が近い時期は、臨時練習を行ったり、
時節に応じて日程を変更することはあっても、
基本は「第三土曜の3時」 その前後を集いの時間としている。
その「お茶の時間を共にしよう」というユルい感じが
魅力のひとつである(と、メンバーが口にしていた)。
創立時の二人(健一と智之)による雰囲気づくりが、
この研究会の持ち味をずっと保っていると思える。
一気に不快な気分
私にとっても、長い期間を共にしている大切な仲間ばかりの
「音楽研究会KK」。
メンバーそれぞれとの、楽しい思い出ばかりの場のそれ。
そんな楽しい集いの録音だというのに、なんと私は不快な気分になっている。
パンケーキを食べ、こんな時間もいいなと思った私の気分は、
その「録音を聴く」という流れで、
一気に不快なものに切り替わってしまった。
その気分は私を覆い尽くしてしまった。
「疲れた」と言い残し、
私は寝室へ引っ込んで床に入った。
上掛けで頭を覆い、身体を丸めた。
布団の中に どんどん沈み込むような感じだ。
時間が経っているのか そうじゃないのか わからない。
眠っているのか起きたままなのか わからない。
意識があるのか無意識なのか、夢を見ているのか見ていないのか、わからないまま。
つらい気分
さっき健一が チャットで やり取りを始めかけたときも、「モヤモヤ」した気分にはなったが、
それとは比べ物にならない、つらい気分だ。
「一時的に引き出しに収める」など、できそうもない規模。
ときおり立ち上がる意識の中で、
「つらい理由」は何故だか考えてしまう。
けれども、それは 奥行きがどのくらいかも わからないままで、
得体のしれない洞窟に足を踏み入れるような気分に させられてしまうことだ。
いしむら蒼
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