~銀婚を迎えた夏~ ⑩

「お父さんの大切な人」

息子が中学生になったある日、

健一は、息子に滔々と語り始めた。

 

その内容は、男子にとって、母親は守るべき存在で、

今日からお前も お母さんを支えるんだぞ、と。

まだ中学の制服も ぶかぶかな息子に。

 

お母さんは、お父さんの妻で、お父さんの大切な人なんだ。

お前も、自分にとってそう思える女性と共に生きてほしい、と。

 

まだ、ついこの間までランドセルを背負っていた息子に。

 

「お父さんの大切な人」と いきなり言われたが、人前で夫婦仲をのろけて見せたり、息子にそう言い切ったりするわりに、

日頃の生活では、いわゆる「ラブラブな夫婦」という感じは全くしない。

 

私は、健一と出会った頃のことをよく覚えているが、

健一に当時の話をふると、反応は鈍い。

 

妻を得る心得

あとで息子から聞いた話だが、先の語りには続きがあって、

良い妻を得る心得をひとしきり語られたそうだ。

 

彼女を作るのも良いが、この人と結婚したいと思う人に出会ったら、最初からそのつもりで交際すべし。

生い立ち、成育歴などを話し合った末に求婚して断られるよりも、求婚を先にすべし。

長い時間をかけて交際しても結果を得なければ、その時間は生産性に乏しいものだ。と。

 

そして、「人として、結婚して子を成すのは大切なことだ」と念を押された、と。

 

息子は、そんなものなのかな と言い、ポカンとしていた。

 

子への訓示

息子は娘と違って、幼少時から穏やかで物静かな子だった。

ひとの話を にこにこと聞いている様子を何度も見たことがある。

 

男女が逆だったらいいのにと、よく親戚筋から言われたものだった。

 

息子は 健一から、「父から子への訓示」をじっくり語られることがあった。

今回も父親の話にウンウンと頷きながらも、

よく理解しないままに その場を終えたらしい。

 

 

いしむら蒼

 

サイコパスの妻 1-⑪ 用意周到