~銀婚を迎えた夏~ ⑧
ひとめ惚れ
「お茶でも」と、健一が指し示したカフェにはテラス席があり、
ちょっと立ち寄るには ちょうどいい感じだ。
目の前の広場に集まる鳩についてや、お互いに社会人になりたての連日の研修会についてなど、ひとしきり話した後、
「今日は、誘いに応じてくれてありがとう。今日だけじゃなくて、また会えたら嬉しいです。」
「いや、というより、実はひと目惚れなんです!」
「結婚を前提として、交際してくれませんか?」と畳みかけてきた。
その表情からは、憎めない無邪気さと生真面目さの両方が感じられた。
それでいて、あまりの唐突な展開に、私は思わず吹き出してしまった。
氷をガラガラと
当時、私の周囲にはお見合いで結婚する人も少しは いたし、
結婚前提の交際というものを耳にしたこともあった。
少々古風な気もするが、同世代にも本当にこう言う人がいるのだと驚いた。
“真剣です”“あなたに対して責任を持ってふるまいます”そんな姿勢を言葉にすれば、“結婚を前提”となるのだろうと思った。
健一は続けた。
「もちろん それはこちらの気持ちであって、嫌になったら遠慮なく言ってもらいたいし、あ、言いにくいか」
「いや つきあってもいないのに何を、だよね」などと、
飲み終えたアイスコーヒーの氷を子供のようにストローでガラガラさせながら、
ひとりで押したり引いたりしている様子を見て、
私の中の警戒心は すっかりなくなってしまった。
美術館デート
「まずは お試し期間を、僕にくれませんか?」となり、
(時間もあったので)そのまま、美術館の企画展を観に行った。
いきなりの美術館デートは、とても楽しいものだった。
この作品は、製作者がトイレで(仕草で:特大のモノを出して)すっきりしたあと仕上げたものだろう!と健一が言い切り、
どの作品かと思って見たら、人物も動物も周辺の木も、全部が恍惚の表情を浮かべた絵画だった。
作品に限らず、見えるもの聴こえるものに健一独自のコメントが成され、
私は終始、笑わされっぱなしだった。
いしむら蒼
“サイコパスの妻 1-⑧ 結婚を前提に” への1件のフィードバック