~晩夏 サヴァン ~ ⑪
余暇の音楽活動
健一は、大学卒業後も、公務員に準ずる給与・待遇の職につき、
余暇を存分に生かして音楽活動に勤しんだ。
伸びやかで立ち昇るような高音、
聴衆がこれを耳にするたび、その誰もが 魅了されたと言っていいと思う。
大学の所在地で、帰省してからの地元で、
健一の活躍は注目され通しだった。
肩書を越えて
クラシック音楽界において
肩書を重視しがちな聴衆は少なくないと思う。
が、その方々であっても、
ひとたび歌声を聴けば、健一のファンになった。
共演者の中に音大生やプロの声楽家がいても、
健一の存在感が光っていた。
有名音大卒業、著名な指導者に師事、
留学経験などもないのに。
道化っぽさ、いたずらっぽさ、
色気を伴う甘い声色など、声色の対応も見事だった。
弱音で長い時間すうっと歌いつなぐなども、
得意技だった。
いま、命が尽きようとしている役どころの
細く柔らかい、でも深い内省を思わせる歌を、
長いブレスを保って表現していた。
どれほどの勉強と訓練を積み重ねたのだろうと、
思ったものだった。
唯一無二の
健一の歌声は、激情を訴えるだとか、
叫ぶように他を圧倒する雰囲気ではない。
そのため、迫力を求められる役どころには不向きだ。
でも、自身の宗教観に根ざしたものがあるのだろう、
(キリスト教)詩編を歌うに及んでは、
右に出るものがいないのではないか とまで思えた。
ステレオタイプの「the声楽家」というより、
「健一」そのものが、
唯一無二のソリストであるように思える…。
世に出るべき
評判が評判を呼び、
著名な音楽家の耳にも届いた。
いわゆる「大物」の中にまで、
次々と健一のファンが増えていった。
音楽専門誌で絶賛されたこともある。
でも、当の健一は「世に出るべきだ」などと
「大物」から進言されても、
「自分について 客観的に評価できない」などと言い、
あくまで地元音楽活動の流れの中にいた。
私が同席した場でも そういったやりとりがあった。
健一を褒め称える「大物」らの、
落胆?拍子抜け?のような表情には、
なにか印象に残るものがあった。
いしむら蒼







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