~銀婚を迎えた夏~ ⑦
二日酔いの夫
昨夜の深酒がそう簡単に抜けるはずもなく、
健一は朝になっても いびきをかいて眠っている。
一応声掛けをするも、起きる様子はない。
おそらく今日は、有給休暇を取って仕事を休むのだろう。
二日酔いで休むなど、自己管理ができていないからだし、ベテラン世代のすることではないと思う。
けれども、どういう流れかは知らないが、職場でも健一は親しまれ(若いころは上司から可愛がられ)上手くやっているようだ。
海岸沿いの幹線道路
今日、私は遠方の公共機関での仕事。
睡眠不足のままで運転することに不安はあるが、途中で休むか 現地到着後休むことを想定して、かなり早い時間に出発した。
海岸沿いの幹線道路に入ると、晴天の下、風光明媚な景観が開けた。
ここからは一本道が続く。
車窓からの眺めは美しく、寝不足でぼんやりした頭をすっきりさせてくれた。
潮が引いている。
以前通った時には見えなかった岩礁が顔を出し、海は青く穏やかだ。
それらを目にしながら、やはり、健一のことを考えてしまう。
朝の探し物件のとき、「健一は人の気持ちに無頓着」だと思った。
そのとき私の脳裏を、「もしかして最初からそうだった?」と、よぎった。
違和感の種は、最初から あったのだろうか…。
健一と出会った頃を思い出した。
ナンパです!
街中で、背後から急に声をかけられて、健一との時間は始まった。
開口一番、「すみません!ナンパです!」
「お時間ありましたら、お茶でもどうですか?」
明るい笑顔を見せ、そしてゆっくりと丁寧に会釈した。
いたずらっぽさと紳士的なふるまいが対照的だった。
「怪しい者ではありません。…っと言っても、普通、警戒しますよね」
見覚えのある人だと思い直した。
先日、就職初年度の新人研修会場へ向かう際、ビル内のエレベーターを見つけられずウロウロしたとき、
同じようにウロウロしていた人だ。
ようやくエレベーターの案内表示を見つけたとき、顔を合わせた。
そして一緒にエレベーターに乗り、どうしてこんなにわかりやすい表示を、最初から見つけられなかったのかと、
二人で笑い合ったのだった。
私の方が先に降り、そのまま上階に向かう健一へ目であいさつをした。
親しみやすい印象が残っていた人だ。
いしむら蒼
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