~銀婚を迎えた夏~ ⑭

怪文書、いや

長時間の運転と仕事、そしてずうっと遠くまで見渡したような気分を経た一日を終え、

私は帰宅した。

 

先ほど健一から連絡があって、

今日は午後から用足しをし、夜は地元音楽団体の練習に参加するそうだ。

 

夕食は外で済ますそうなので、私は、ひとりで過ごせるまとまった時間を得た。

 

「怪文書」いや、「差出人に心当たりのない手紙」を手に取った。

 

差出人に心当たりのない手紙

あなたの夫はサイコパスである可能性が高いです。

最も伝えたいことを まずは目にしてほしかったため、冒頭から、驚かせてすみません。

 

そして差出人名は偽名です。

申し訳ございません。

 

私は、ご主人のネット上の投稿を閲覧する機会が、多かった者です。

 

顔や名前を明らかにせず発言するのは、責任のある行動とはいえません。

名乗るのが筋だと重々承知しているのですが、

名乗った結果、ご主人が私に接触することを危惧し、保身を優先しました。

 

そして私の主張を真っ向から否定し、全てを言いくるめられ、

あなたをさらに深い闇へ落とし込むことを心配したのです

(言い訳に過ぎないですが)。

 

 

そんな臆病者のたわごとではありますが、どうか一読下さいませ。

 

この手紙の送付先についても、ご主人の投稿から知るに至りました。

 

警戒されることを承知で手紙を出したのには理由があります。

 

私の周囲にマイルドサイコパス被害で悲しいことになった事例があり、

ご主人のネット投稿からあまりに似た傾向に気づいてしまったからです。

 

その事例とは、夫がサイコパスで、その妻が対応に苦しんだあげく病んでしまい、

悲しい結末を迎えてしまったというものです。

 

あなたが そんなことになるとは限らないのですが、

ご主人のあなたへの態度について、ネット上で知りえた分でも、あなたへの悪影響が容易に想像できました。

 

サイコパスの定義じたい、専門家の間でも意見が分かれていますが、

昨今では「マイルドサイコパス」と言われるものがご主人に該当すると思われます。

 

メディアでよく取り上げられているサイコパスは、犯罪に直結するような印象で語られていますが、

それとは かなり違います。

 

ですが、

感情の成り立ちに著しい偏りがあるという点では共通しています。

 

また、ご主人については、サヴァン傾向を併せ持っていると思われます。

 

以下に、その特徴を列挙します。

数多くの特徴の中から、ご主人に当てはまると思われるものです。

 

(マイルド)サイコパスについて

・表現活動、言葉遣いが洗練されていて魅力的

・人前でも ほとんど緊張せず、(何かに夢中でハイテンション時以外は)基本、感情はフラット

・いつも積極的で不安がなく、高速道路では いつも追い越し車線を走る

・スリルや興奮を追い求め、生き方自体が刹那的、衝動的(長い見通しで計画的に行動できない)

・新規発見の事柄に すぐに飛びつき、予想を裏切るマイペースな人間を追う

・情緒のバリエーションが乏しく、喜怒哀楽の中の「喜」「哀」が鈍い。刺激にすぐ反応するため、傍から見ると「楽」「怒(長くは続かない)」のみが目に付く。

・「ひとの気持ちに無頓着(ひとへの安全配慮がない)」

・高い宗教性がある場合は、保守的な人生設計にこだわる

・極端に嘘を嫌うが、嘘と認識されない範囲の虚構を巧妙に演出する(病的虚言の変化形)

・ルールや時間に無頓着(一見、「規約」にこだわるが、その履行については無頓着で気まぐれ)

・新規優先など、ADHDに似て見えるが、一致部分は限られている

・モラハラ傾向が強く見られる(そのため、一見、自己愛性パーソナル障害のモラハラに思われがちですが、「優越感に浸る」こと自体を喜んでいるわけではないため、モラハラ行動は一定量で止まります。)

 

サヴァンについて

自閉症やその他の情緒障害と併せ持つかたち(ご主人の場合はサイコパス)で、

突出した能力を発揮するものです。

 

やや得意という程度ではなく、誰からも認められる魅力あるものを表出します。

突如現れ、突然消失する例もあります。

 

ご主人の場合は、お察しの通り声楽です。

 

大学(人文学部)進学のため実家を出てからその傾向が出現し、

有名音楽大学出身のあなたとの関わりを経て現在に至るようです

(あなたからの高評価がその高い能力の維持に大きく寄与していると考えられます)。

 

高校、大学と通じて交流のある友人らには、その突然の変化に戸惑いが感じられます。

「いつのまにか、どこかで特別な勉強や訓練をしたのだろう」としていますが、その実態に言及する人は見られません。

 

 

 

わざわざ、あなたを追い詰めるような内容を次々と書き連ねていることに、

ためらいはあります。

 

でも、一刻も早く、避難、または なんらかの解決策を講じてほしい、その一心です。

 

私の知人は、自分に不足があるんだと己を責め続け、命を絶ってしまいました。

でも、私は、もし過去に戻ってやり直せるならその人に言いたい、

 

「おかしいのはあなたではなく、お相手なのだ」と。

 

長い時間を共有した相手の異常を認めることは、それ自体がつらいことです。

 

でも、それを乗り越えないと先はありません。

 

お相手の異常を理解し、避難すること、それが最良の方法と思われます。

 

もしもそれが不可能ならば、

(いばらの道かもしれませんが)

「理解・対策・共生」のプロセスを踏んでいただければと…。

 

また、医療機関の受診を、強くお勧めします

(この手紙を持参して下さっても良いです)。

 

 

いま一度、ご自身との関わりから、

まずは、「ひとの気持ちに無頓着」という特徴に心当たりがないか、

なにとぞ、検証してくださいませ。

 

あまりにも健一

この文書に書かれている特徴は、健一そのものだった。

あまりにも、健一だった(「虚構の巧妙な演出」これだけは当てはまらないような気がしたが)。

 

サヴァンについては、そうかもしれないと思える要素もあるが、

「私からの高評価が健一を支える」?など、

よくわからないというのが正直なところだ。

 

ただ、いずれにしても、

健一は私の夫で子供たちの父親で、という、当たり前に私と共に在った存在から、

次元の違う存在へと切り替わるような、気持ち悪さを覚えた。

 

私はいったい

健一にとって私たち家族は、ただの添え物にすぎないと思い、

涙したのは今朝のこと。

 

でも、この手紙で示された具体的な内容は、

今朝の私の「新たな見解」など、小さなことにすぎないことを私に見せつけていた。

 

健一がサイコパスでサヴァンなら、私は何なのだろう。

人生の大半(と言っていいだろう)を共に過ごした私は、

いったい?

 

私は可哀そうなひとなの?

示された特徴は 健一にあまりに当てはまっていて、

同時に私自身のことをも見透かされているような不快感。

 

「体内にある内臓に自分の身体は生かされている」と

わかっていても、

グロテスクな臓物を いきなり極彩色で見せつけられたようで、

私は吐き気を催した。

 

この手紙の差出人は私を案じている?

 

私がつらい思いをしているからと?

思い遣り?

いや、私は思い遣られなければならない人なの?

 

私は可哀そうがられている?

私は可哀そうな人なの?

 

頭の中に霧が かかるような気分になる。

 

 

 

健一からの追加着信が入った。

 

 

いしむら蒼

 

サイコパスの妻 1-⑮ セカンドオピニオン