~銀婚式を迎えた夏~ ③
意味不明なものなんて
怪文書だ!
そう思った私は、「あなたの夫はサイコパス」から始まるその手紙を 化粧台の引き出しにしまい込んだ。
そしてその数日後、
朝の探し物件にて、夫は私の気持ちなど考えてもいないと思い至った。
このとき、「ひとの気持ちに無頓着」という、怪文書の中にあったその言葉を ふいに思い出した私だったが、
それを大きく扱いたくない私もいた。
突然舞い込んできた意味不明なものに、ふりまわされたくないと思った。
読む気になどならない、なるものか、と思った。
いきなりねじこまれたものになんて、
嫌な気持ちにさせられるものになんて、関わりたくない。
怪文書のことは、忘れようと努めた。
努力して忘れるなど、そもそも無理があると思いつつも。
娘に彼氏ができた
遠方の大学に通う娘とのやり取りから、
娘に彼氏ができたことがわかった。
夫、健一に報告すると
「ついに この日が来たかぁ」と、肩をすくめ、大きなため息をついた。
娘は高校卒業まで そんな様子は全くなかったので、私も驚いたが、
年齢相応に成長しているのだと自分に言い聞かせた。
もちろん、寂しいけれども。
健一は、娘の小中高の卒業式に同席し、涙していたこともあった。
この報を耳にし、すでに嫁に出す気分がよぎったようで、「どんなヤツだ?!」とか言いながら、足を踏み鳴らした。
そして、相手についての詳細情報を得るよう、私に言った。
父親らしい焦り、怒り、やるせなさが見える。
「ほら、こんなに、“心”があるじゃないか。娘を案じて憤慨なんて」と、
誰に対してともなく、言い放ちたい気分になった。
思い出したくない言葉
洗いものをしながら、「人の気持ちに無頓着」という思い出したくない言葉が、ふと浮上した。
そんなものは打ち消さなければと改めて思った。
でも、誰にでも経験のあることだと思うが、意図的に気掛かりなことを打ち消そうとすることは難しいことだ。
というか、そもそも無理なことだと思い直した。
まがりなりにも自分はカウンセラーで、いわば、悩み事対処の専門家だ。
朝の探し物件で気づいた通り、健一は、私の気持ちには無頓着だ。
そう、気づいたのは、ついこのあいだのこと。
それからも私は逃げがちだったのだ。
そして、私の気持ちには無頓着で厳しく当たってくるが、娘には甘い。
けれど、そんなことは どこにでもある話。
娘に甘い父親なんて、どこにでも。
でも、そのありがちな父娘間の傾向に着目して、
私は、見たくないものから目を背けている?
ひとり娘の恋
娘と電話で話し、詳しい話を聞いた。
相手は名の通った大学の学生(正直、大事な情報)で、バイト先の先輩。
その人から厳しく当たられ、涙したこともあったけど、裏で自分をフォローしてくれていた。
学業が忙しくなるため、その厳しくも優しい先輩がバイトを辞めることになった。
送別会終了後、これで終わると思うと いてもたってもいられず、追いかけた。
実は相手の思いも同じで…と、ここまで聞いたら、甘酸っぱい気分でお腹いっぱいになり、「わかったわかった」と制止してしまった。
交際のきっかけとしては よくある話だけど、
そんな思いを味わった娘の声色は、これまで聞いたことのないものだった。
その華やいだ声に 内心、とまどいながら
「お父さんが心配していた」と伝えると娘は
「結婚を前提に付き合ってなんて、言われてないよっ」と、ポンっと言った。
私は虚を突かれたような気分になった。
いしむら蒼(あおい)
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